10万坪のヒーリングビレッジ たむらの森

俄然注目!美人の湯 四万温泉。古くから胃腸病の名湯として知られる四万温泉が今、美人の湯として注目を浴びております。

たむらの歴史


1.四万温泉由来の2つの伝説

 永延3年の頃でした。大江山の鬼退治で有名な源頼光の家臣碓氷貞光が、越後から上野国に越える時、四万の地を通過しました。山のたたずまいや谷川の響きに心を澄まし、夜もすがら読経していました。すると夢枕に童子が現われ、「私はこの山の神霊です。あなたの読経の誠心に打たれたので、四万の病を治す霊泉を授けよう」と神託。目が覚めてみると温泉が湧き出していました。この湯は、四万最奥にある『御夢想之湯』と伝えられ、今もこんこんと湧き続けています。もうひとつの伝説は、坂上田村麻呂が東征の際に発見されたと言われています。飲めば胃腸によく、入れば肌によいと言われてきました。

2.四万の歴史を見守る日向見薬師堂

 明治45(1912)年2月8日に国指定重要文化財に指定された日向見薬師堂は、室町時代後期の建築であります。薬師堂の建立については、草津温泉に入湯中の美濃国住人、清水八郎宗次の夢枕に立った四万日向見の神が「薬師堂建立にあらば病本復すべし」と告げたため、天文6(1537)年に薬師如来の宮殿を建立したとされています。その後、慶長3(1598)年に伊勢国山田住人、鹿目家直によって堂(三間四間)が建立されました。大檀那の真田伊豆守信幸の武運長久を祈願しています。四万温泉は古くから薬効を知られ、湯に入る人々が集まった事から薬師如来の信仰が高まりました。全国でも稀に見る木造の室町時代建築による、すぐれた薬師堂を持つのが我が四万温泉なのです。

3.湯治宿の最初が現在の「四万たむら」なのです

 四万温泉の山口で永禄6(1563)年、湯宿を最初に開いたと伝えられているのが、たむらの先祖にあたる田村甚五郎清正(清和源の出で、清治に至る27代であった)であります。戦国時代の動乱の中、原町岩櫃城主斉藤越前守基国に仕えた清和源氏が田村家の先祖にあたります。
 清和源氏の第28代にあたる田村甚五郎清政は、武田信玄に岩櫃城の攻略を勤めた真田行隆、信綱、昌幸に攻め立てられ、越後に逃れるとき、さらに北上する城主の行く路を確保するため四万山中に留まり、追手を防ぎました。

4.四万の湯守として活躍

 田村甚五郎が山口において湯宿を始め、3代目彦左衛門は分家して新湯に湯宿を開業しました。この彦左衛門は四万温泉の湯守として、田村家の繁栄の基礎をなしました。

5.幕末から明治の四万

 幕末から明治初年の四万は、さびれた状態でありました。当時の世情・火災・榛名山噴火などが理由としてあげられます。
 温泉組合が成立する明治21(1888)年頃から、日清戦争の終わる明治20年代末頃にかけて賑やかになり、明治後半には道路の整備も行なわれ、新湯地区を中心に湯治場として盛んになりました。

6.湯治場としての四万温

 明治以降、太平洋戦争前まで湯治制度は続きました。当時、1泊の観光で四万に来る人はほとんどいませんでした。短い人でも1週間、長い人になると1ヶ月も2ヶ月も逗留しました。
 湯治客が多くなるにつれ、温泉利用に関して規則が必要になってきました。湯治方法についての規則(入浴心得)と、温泉を利用し湯治宿を営んだり、湯治客を相手に商売をしている人たちに向けての規則でした。明治21(1888)年、組合規約をつくり四万温泉組合が発足したのです。

7.国民保養温泉の決定

 日本は世界一の温泉国であります。数多い温泉の中で、周辺の景色が良く豊かな湧出量を持ち、泉質が療養泉として適し、指定する条件を満たしている温泉が、国民保養温泉として選定されます。四万温泉では昭和29(1954)年、全国にトップをきって厚生省(現:厚生労働省)より国民保養温泉の指定がなされました。

8.近代設備の先駆け「四万グランドホテル」

 国民保養温泉選定書の中で、四万の保養地としての環境向上が求められています。道路の改修・改善、宿泊施設・商店・休養保養地などの改善などです。
 昭和42(1967)年にオープンした「四万グランドホテル」は、近代設備を搭載したホテル形式の先駆けとなりました。

9.四万温泉協会の設立

 昭和50(1975)年8月7日、社団法人四万温泉協会が許可されました。明治21(1888)年に四万鉱泉場組合取締所として設立されてより、87年間四万の観光事業や商工業の発展の中心になっていましたが、時代の要求により公益法人の必要性から四万温泉協会となりました。

10.四万を愛した著名人達

 四万温泉には昔から多くの文人・著名人が訪れています。特に当館とゆかりのある文人は、江戸時代の平沢旭山先生や寺門政見先生、福沢諭吉先生からは直接ご指導を賜り、明治以降も、与謝野晶子、斉藤茂吉、高村光太郎、若山牧水、太宰治など、たくさんの文化人が賽陵館田村旅館(四万たむら)に訪れています。
 現在も秋篠の宮文人殿下(当館15代目と同級生)や慶応大学塾長(14代目の後輩)、早稲田大学総長(15代目の恩師)、東大名誉教授(13代目茂三郎の弟)、中村勘九郎さん、貴ノ浪関、吉永小百合さんなど歌舞伎から芸能人まで当館を訪れています。その他多くの著名人が訪れています。

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